大阪地方裁判所 昭和24年(行)124号 判決
原告 和田末市 外三名
被告 大阪法務局長
一、主 文
被告が昭和二十四年八月十八日為した原告和田末市、同浜中隆一同大島修に対する免職処分はこれを取消す。
原告江村宗正の請求はこれを棄却する。
訴訟費用中、原告和田、浜中、大島と被告との間に生じた部分は被告の負担とし、原告江村と被告との間に生じた部分は同原告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、
被告が昭和二十四年八月十八日なした原告等に対する免職処分はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求め、
その請求の原因として、
被告(当時は局長事務取扱、福本熊次郎)は昭和二十四年八月十八日原告等に対し、国家公務員法第七十八条第三号(以下、単に条文を記してある場合は国家公務員法の条文を指す。)により免職する旨口頭で通知し、その免職の事由を次の様に説明した。
(イ) 原告和田末市は執務時間中屡々席を離れ、殊に本年四月二日頃上司の許可を得ずに堺市に赴いた外、官紀を阻害する様なビラ、ポスターを庁内に貼付し、上司から徹去を命じても応じなかつた。
(ロ) 原告浜中隆一は法令を無視して上司の許可を得ずに執務時間中に屡々席を離れ、殊に昭和二十四年七月中退庁時刻前に本局において目撃したものがあるのに、毎日報告する勤務表にこの記載をせず、虚偽の報告を為し敢て省みない。
(ハ) 原告大島修は執務時間中に上司の許可を得ずに屡々席を離れ、殊に昭和二十四年四月頃、危機突破資金要求の交渉に当つて職階制を否認するような言辞を弄した外、常に原告和田等と言動を共にし、官紀を攪乱する様な行為をして敢て憚らない。
(ニ) 原告江村宗正は執務時間中屡々席を離れ、他の職員の勤務を妨げることが多かつた。殊に昭和二十四年七月十六日午前十時半頃、他の課に到つて午後扇町公園における人民大会に参加を慫慂し、「国鉄の首切はやがて我々の首切だ」と放言した外、国家公務員法及び人事院規則に背反する言動をして顧みない、と。
然しながら右処分は次の様な違法がある。
(イ) 原告等には被告が免職事由として主張する様な事実はない。即ち「屡々席を離れた」とはどの程度のことを意味するものか、もし原告等が職務を放棄して職務の遂行に支障を来したという意味ならば、その様なことは断じてなかつた。尤も原告等は労働組合の役員として事務をとるため必要な最少限度の時間を割いたことはあるが、それは概ね休憩時間又は公務を処理した後の寸暇を利用したに過ぎず、然もこの事については昭和二十三年十一月三十日組合から被告に対し、組合員が公務に支障を来さない限り執務時間中においても組合規約に定められた会議に参加すること、並に一定数の組合員が組合の事務に従事することを認めて欲しいと申入れた際、被告は、それは従来黙認して来たところで、今後もこれを変更する意思はない旨解答し、その後今日まで何等問題になつたことがないのであるから、今になつて事新しくこれを問題とするものとすれば、不信の甚しいものである。また危機突破資金として千円の一律支給を要求したことをもつて直ちに職階制を否認するものとなし、或は人民大会への参加を勧めたり、「国鉄の首切はやがて我々の首切りだ」と言つたことや、勤務表の些細の記載洩れを免職の理由にするに至つては被告の常識を疑わずには居られない。
組合の会合としては、(1)組合員大会、(2)職場大会、(3)執行委員会、(4)常任執行委員会の四種類あるが、組合員大会は春秋二回の定時大会と臨時大会が年二、三回あつたが休日に開くのを常とし、土曜日の午後執務時間外に開いたことが一回あつた。職場大会は必要に応じて開くので多い時で月に二回、通常は数ケ月に一回で、正午の休憩時間中に開き、休憩時間外に及ぶことはなかつた。執行委員会は月一日程度で、常に午後五時以後の勤務時間外に開くことになつていたが、遅刻者が多くて開会は午後五時半から午後六時になることが屡々であつた。常任執行委員会は週二回定期に開いており時に週三回の時もあつたが、正午の休憩時間中に開き、休憩時間内に終了していた。極めて稀に時間内に議事が終了しない場合には、報告の承認を求めた上約十分内外延長したことがあつた。以上の様に執務時間中に組合開会を開いた様なことはない。
被告は原告等がビラポスターの掲出に関し、法務総裁官房秘書課長よりの通達に違反した旨主張するが、被告自身右通達を受けながら、ビラポスター掲出に関する規程を制定し、掲出場所を指定する等の措置を何等とつていない。元来組合のビラ等の掲出場所としては組合発足以来大阪法務局供託課の裏階段附近が慣用せられ、被告においてもこれを承認して、従来何等の制限又は禁止等の処置を執つたことはない。裁判所庁舎西入口北側の掲出場所は従来、右庁舎管理者たる大阪高等裁判所長官の承認を得て組合が使用していたもので、高裁長官がポスター類掲出に関する規則を定めた後は、改めて原告和田が組合を代表して高裁長官に願出て、昭和二十四年八月十五日附で、前と同一場所の使用の許可を得ておる次第で、これに関しては被告は全く関係していない。被告は原告等を免職した後始めて、残部組合役員に対し口頭で供託課の裏階段附近を掲示場所に指定し、掲示板を設け、掲示する前に検閲を受けるべき旨注意したに過ぎないのである。
(ロ) 仮に被告が原告等免職処分の事由として主張する様な事実が全部あつたとしても、それは国家公務員法第八十二条以下の懲戒規定に該る事項であつて、第七十八条に該当すべき事項ではないのにこれを、第七十八条によつて処分したのは違法である。
そもそも第七十八条の処分と、第八十二条の処分の相違は後者の懲戒処分が当該公務員のなした一定の行為を道義的に非難して、その反省と改善を求めると共に責任の所在を明にする目的を有するものであるに反し、前者は当該公務員の道義的責任を問う意味は少しも含まれていないのである。その最も顕著な例は第七十八条第四号にこれを見ることができるし、他の第一ないし、第三号の事由もこれと同列においた規定の体裁からも推測される。多少疑問を懐かせるのは第一号の勤務実績に関するものであるが、これとても個人の意識的行為の責任を問う趣旨でないことは条八十二条第二号と対照してみれば容易にわかることである。そして右二種の処分が全然性質を異にするものであることの結果処分の方法ないし効果においても異つている。即ち第七十八条による処分には降任と免職の二種類があるだけであるが、これに対し第八十二条の懲戒処分には厳重の免職から最軽の戒告に至る四段階がある。この様に第七十八条の処分に事由の軽重を量定する幅が極めて狭いのは、その処分の目的が前記の如く個人の責任を追求するものでなく、個人の反省や自粛によつて如何ともすることができないために配置の転換(人事院規則一一―〇、第三項参照)降任免職等の恒久的処分によつて現在の官職を去らせる外に途がないからである。
ところで、もし被告が解する様に職務上の義務違反が第七十八条の処分の事由になるとすれば、かかる違反には自ら軽重があつて免職、降任等の恒久的処分を採るに値しない場合の方が寧ろ多いであろう。換言すれば第八十二条によるべき場合に誤つて第七十八条を適用することによつて、減給又は戒告にしか値しないものを免職又は降任の処分に附せざるを得なくなるという不当の結果を来すことになるのである。
又右の如く、両処分はその性質を異にするものである結果、一方の処分の該当事由がその個数、又は程度において、いかに増大しても、他方の処分事由に転化すべきものではない。尤も一人の公務員につき同時に両種の事由が並存することはありうる。例えば同一人につき、第七十八条第二号に該る心身の故障と第八十二条第三号に該る非行とがある場合などがそれである。又同一人の一箇の行為が偶然両種の処分事由に該当することがありうる。例えば麻薬を密買し、これを常用したために中毒し、職務の遂行に支障を生じた場合或は医師の資格を要する公務員が或る種の犯罪によつて医師の資格を奪われたために、第七十八条第三号の事由と第八十二条第三号の事由とに該当する様な場合がそれである。これらの場合は全く性質を異にする両種の処分事由が同時に偶発し又は並存するに過ぎないのであつて、両処分は何処までも性質を異にするものであるということは混同されてはならない。争議行為等の自衛手段を制限された公務員の身分は特に厳格に保障されねばならず、そのためには処分の事由等その要件は最も明確でなければならない。
(ハ) 本件免職処分は第二十七条に違反するものである。
原告を第七十八条第三号に該当するものと認定して免職する位ならば原告より遙に著しい免職事由のある職員を先ず処分すべきで、その顕著な例として次の様な事実がある。
(1) 広瀬某は不動産登記係雇員として在職中、受理した登記申請書に貼用消印済の印紙をはぎとりこれをその後の登記申請書に貼用して二重に消印し、その不法利得額の判明したもの二千三百円その他紛失した申請書の分を合せると被害総額は数万円と見られる。この事実は本人が自認し、直ちに辞職願を出したが被告は昭和二十三年九月現在(本訴提起当時)において、未だ同人を免職処分に附していない。
(2) 森崎松雄は岸和田区裁判所登記主任であつたが、昭和二十三年三月頃大阪法務局総務課室において、大阪法務局長事務取扱福本熊次郎や原告和田等の面前で、自分はある関係で世話してやつた会社から数万円を謝礼として出すと言つたが自分は必要に応じ受取りに行くと言つて金を貰つていると説明していた。又某会社監査役の肩書ある自己の名刺を八木事務官に渡している。公務員がこの様な営利企業に関係することは法第百三条をまつまでもなく不正であることは明かであるのに被告はこれに対し何等の責任を問おうとせず、却つて同人を大阪司法事務局岸和田出張所長(現大阪法務局岸和田支局長)に昇進せしめ、二級官に推薦した。
(3) 北田英太郎は総務課長として、前記広瀬の不正事件につき監督上の責任があるばかりでなく、昭和二十四年一月頃、司法書士から饗応を受け、当時問題になつていた某司法書士にかかる不法書記料収受、台帳謄本変造事件を不問に付した等の事実があるのに現在尚総務課長として在任している。
右二、三の例に比較するだけでも本件免職処分は著しく不平等な取扱であり、第二十七条に違反する違法な処分と言うべきである。
(ニ) 本件免職処分は第九十八条第三項に違反している。
原告等は全法務労働組合大阪法務局支部の役員に就任以来、組合員の福利増進のため最も積極的に活動したが、そのために前記福本熊次郎、北田英太郎等大阪法務局首脳部は従来の様な傍若無人の振舞が許されなくなり、いわゆる役得にありつく機会も段々少くなつたので、自分等の邪魔になる原告等を除かんとして、無理矢理に公務員として不適格との理由をこじつけたものであつて、本件免職処分は第七十八条第三号に名をかりたいわゆる不当労働行為である。
と述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は、
原告等の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
との判決を求め、
答弁として、
原告主張事実中、被告が昭和二十四年八月十八日、原告等をその主張の如き事由により免職したこと、広瀬が不動産登記係雇員であること、昭和二十四年十月現在(答弁書提出当時)免職処分に付されていないこと、森崎松雄が岸和田区裁判所登記主任(現大阪法務局岸和田支局長)であつたこと、北田英太郎が現在総務課長であることは認めるが、その余の事実は否認する。
被告が原告等を第七十八条第三号の「その他官職に必要な適格性を欠く」者と認定した具体的根拠は次の点にある。
(イ) 原告和田末市は、
(1) 昭和二十四年二月中旬頃法務総裁官房人事課長より、被告宛に、国家公務員法第百一条の規定により以後、執務時間中に組合の仕事をすることができない旨通達があつたので、被告において、その頃原告等組合幹部の者にこれを通知して以後これを厳守する様注意を喚起したにもかかわらず、これに従わずその後同年八月十八日免職に至るまで屡々席において組合の文書の起案等をして組合の仕事を為し、或は席を離れて堺市に赴く等して組合活動に従事した。
(2) 右期間を通じて会計課係長としての職務に専念せず自己の職務を部下職員に為さしめて、自らは主として組合の仕事に従事し、上司より注意を受けてもその職務に対する態度を改めなかつた。
(3) 同年五月上旬頃、法務総裁官房秘書課長より被告宛にビラ、ポスター類の掲出場所の特定及び内容の審査等につき庁舎の管理権者である者は、厳守励行すべき旨の通達があつたので、被告においてその頃右通達の写を原告等の組合幹部に交付するとともに掲出場所を特定してこれが遵守を命令したにもかかわらず、特定掲出場所以外の庁内各所にいわゆる実力行使も辞せず等の官紀を阻害する如き、ビラ、ポスターを掲示し、被告においてこれを撤去してもなお掲示を繰返して省みなかつた。
(ロ) 原告浜中隆一は、
(1) 原告和田と同様、前記官房人事課長の通達があつた頃より免職に至るまで、執務時間中に屡々席を離れて勤務地である豊中市から大阪法務局庁舎内で開かれる組合の職場大会又は執行委員会(週約一、二回開催)に出席し、甚しきに至つては正午の職場大会から勤務時間後間もなく開かれる執行委員会まで継続して職場を離れて組合活動に従事した。それにも拘らず、毎月報告される勤務表にはこれを記載せず、虚偽の報告をしていた。
(2) 右期間を通じ、豊中出張所長としての職務に専念せず自己の職務を部下雇員(同出張所は所長以外に事務官が配置されていない。)になさしめ、そのため事務が渋滞するに至つたので被告においてこれを注意したにもかかわらず従わなかつた。
(3) 前記(イ)(3)の事実について原告和田等と行動を共にした。
(ハ) 原告大島修は、
(1) 原告和田同様、免職に至るまで、執務時間中に屡々席において組合の文書の起案等して、組合の仕事を為し、あるいは席をはなれて組合員の連絡に当る等して組合活動に従事した。
(2) 右期間を通じ会計課物品係としての職務に専念せず、自己の職務を部下職員に為さしめ自らは主として組合の仕事に従事し、上司の注意を受けても従わなかつた。
(3) 前記(イ)(3)の事実につき原告和田等と行動を共にした。
(ニ) 原告江村宗正は、
(1) 勤務成績極めて不良であり、昭和二十四年五月供託課長中川政雄より特に執務時間中に許可なくして席を離れ、若しくは組合活動をすることができない旨を告げて注意を喚起したにも拘からずこれに従わず、その後免職に至るまで執務時間中に屡々全法務労働組合本部よりの指令文書を各部屋に立廻つて大声で読み上げ、若くは煽動的言辞を弄する等して組合活動に従事し、且他の職員の勤務を妨害した。
(2) 右期間を通じ、供託課原簿係としての職務に専念せず事務を渋滞させたので、上司より注意をしたがその職務に対する態度を改めなかつた。
(3) (イ)(3)の事実につき原告和田等と行動を共にした。
そもそも国家公務員法第七十八条第三号にいわゆる「その他その官職に必要な適格性を欠く場合」とは、勤務成績がよくない場合、身体障害の場合以外で、その官職に必要な適格性を欠くすべての場合をいうのであるから、職務に特有な知識、経験、技術等職務の属性を欠く場合に限らず、国家公務員として必要な一般的適格性、換言すれば国家公務員としての資格を欠く場合をも包含することその文言上からも明白である。ここに国家公務員としての一般的適格性の意味については、種々の定義が下されると思われるが、少くともこれを服務の面より見れば、第九十六条に規定する如く、国民全体の奉仕者として職務に専念するか否かにその根本的基準を求めることができ、その基準を実施するために定められた諸規定のうち、職務上の服従義務及び職務専念義務こそは、国家公務員として最小限の義務であり、且つ要請であるといわなければならぬ。蓋し、特別権力関係に立つ国家公務員として、これらの義務を遵守することなくしては、その職の遂行自体が不可能であるからである。固より労働組合活動それ自体は法の禁止するところでなく、被告もまた組合活動に対しいささかも反対するものではないが、勤務時間中にこれをすることは職務の遂行を妨げるものであり、国家公務員法ないしは人事院規則に違反すると言わねばならず、もし原告等において組合活動に専念することを希望するなら組合専従者とならなければならない。又職務命令違反の点は単に些細な形式上の違反というよりは事柄を実質的に見て極めて不当な行為であり、これ等の諸点を総合して、被告等をその官職に必要な適格を欠く者と判断したのは正当であつて何等違法はない。又第七十八条第三号により降任又は免職するには、人事院規則一一―〇により「当該職員をその現に有する適格性を必要とする他の官職に転任させることができない場合に限る」とされているが、これは例えば登記事務には適格性を有する場合が会計事務には不適格である場合があることを予想して、身分保障を図つたのであるが、原告等の如くその官職に必要な基本的ないし一般的適格性を欠く場合には、その者を他の官職に転任させることはできないわけであり、従つて原告等を免職したことはこの点についても何等違法はない。
原告は、被告が免職事由として主張するところは、第八十二条の懲戒処分の事由とは為りえても第七十八条の処分事由には該当しないと主張するが、公務員としての不適格性がその表徴として、懲戒事由に該当する客観的事実に発展したとき、若くは、懲戒事由に該当することが不適格性に起因する場合には、一面において懲戒の対象となると同時に他面不適格性の問題でもあるわけである。この場合任命権者として、いずれの該当法条によつて処分するかについて選択権を有するが、退職、恩給、就職等を考慮し、被処分者のために、有利な通常の免職処分を選ぶのが行政措置として妥当である。本件においても、被告が掲げた免職処分事由は一応懲戒事由にも該当すると考えられないことはなかろうが、被告は右配慮により、通常の免職処分を選んだのである。尤も、右の場合と違つて、国家公務員として適格性はあるが、たまたま懲戒事由に該当する事実があつた様な場合も考えられるが、この場合には原告が主張する様に、単なる職務違反ないし懈怠に対し、第七十九条によるときは減給又は戒告を相当とするにかかわらず、免職又は降任処分に対する場合も想像することができ、違法の問題を生ずる余地もあろうが、本件の場合がこれと異ることは既に述べた通りである。只本件免職事由発生当時においては、終戦の余波が未だ収まらず、一般の官庁においても必しも官紀がただされず、組合運動の風靡と相まつて、国家公務員としての本然の姿を見失い、職務に専念せず、服務規律に違反する職員が現われるに至り、その一端の責はかかる事態に対処して凛然たる態度を持し得なかつた当時の監督者にあつたかも知れないが、しかし当時の組合活動がまことに熾烈を極めたことは公知の事実であつて、この様な情勢下にあつては監督者の立場の困難さは想像以上であり、気の弱い監督者が組合活動の勤務時間への侵入を阻止する積極的措置ないし意思表示に欠けるところがあつたとしても、あながちこれを責めるに由なき場合もあつたのであるから、この事のために、原告等を公務員としての不適格者として免職した当否が左右せられるべきではない。
原告は本件免職処分が第二十七条(平等取扱の原則)に違反すると主張するが、同条は憲法第十四条の「すべての国民は法の下に平等であつて、人種、信条、性格、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。」というのと同趣旨であり、これらの規定は絶対的平等を規定したものと解することはできない。けだし、もしそのように解するならば、国家公務員につき、特別職を設けたこと、又は試験制度を設けること自体が違法という不合理な結論となるからである。それ故右規定の趣旨は、人種、信条、門地等を差別の基準にすることを禁ずるが、能力、資格、成績等国家公務員としての当然の基準についてまで差別を設けてはならないとするものではないと解すべきである。ところで第二十七条には「この法律の適用について……差別されてはならない」とあり、又免職処分に関する第七十八条には「人事院規則の定めるところにより……免職することができる」とある。そして人事院規則一一―〇には予算又は定員以上免職する場合(第七十八条第四号に対応する場合)についてのみ特に第二十七条の制限を明記し、その余の事由による免職についてはこれを規定していない。これをもつてみれば、右規則は国家公務員として不都合のない職員でも単に定員数上等の事由のために免職するのやむない場合があることを予想して特に取扱の公平を期すると共に、反面国家公務員としてその官職に必要な適格性を欠くことを事由として免職する場合においては、事柄の性質上、免職の順位もしくは免職事由の程度の差異等は平等取扱の原則違反の問題を生じないとしたものと解することができる。従つて原告等より、なお多くの免職事由のある者が未だ免職処分に付されていないとするも原告等の本件免職処分は違法ということはできない。
又原告等は正当な組合活動をしたことにより免職処分に付したのは第九十八条第三項に違反すると主張するが、前述した如く、原告等免職処分の事由として取上げた原告等の行為は正当な組合活動と言えないこと明かであるから原告の右主張は理由がない。
と述べた。(証拠省略)
三、理 由
被告(当時は局長事務取扱、福本熊次郎)が昭和二十四年八月十八日原告等を第七十八条第三号に基き免職したことは当事者間に争がない。
ところで国家公務員法の中に第七十八条と第八十二条と免職を規定した条文が二箇所あるが、同じ法律の中に免職を規定した条文が二箇条あるということは、両者はその要件を異にするものと言うべきであり、然らば第七十八条の免職と第八十二条の免職とは如何なる相違があるのか、そして第七十八条の免職の要件の一事例としての「その官職に必要な適格性をかく場合」(同条第三項)とは如何なる意味なのかをまず検討しておく必要がある。
第七十八条の免職の要件としては、(1)勤務実績がよくない場合、(2)心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合、(3)その他その官職に必要な適格性を欠く場合、(4)官制若くは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合の四つが挙げられ第八十二条の免職(いわゆる懲戒免職)の要件としては(1)この法律又は人事院規則に違反した場合、(2)職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合、(3)国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合の三つが挙げられているが、この両者を比較検討してみると、後者は被処分者の道義的責任を追求する処分であるのに対し、前者には被処分者の道義的責任を追求する意味は含まれていないことを看取することができる。第七十八条第二号、第四号においては、そのことが最も明瞭であり、第一号の場合も、第八十二条第二号と対比すれば、第七十八条第一号は本人として精一杯していても、他の一般人と比べれば半人前の能力しかない場合とか、故意過失により職務を怠つた場合でも、専らその現われた結果にのみ着眼してその者をその官職より排除する場合であり、これに対し第八十二条第二号は職務を怠つたについての故意過失という道義的責任を追求する観点から処分する場合である。第七十八条第三号も「その他その官職に必要な適格性を欠く場合」とあつて、第一号第二号を適格性を欠く場合の例示として挙げていること、第七十八条第三号による処分の細則を定めた人事院規則一一―〇第三項に「当該職員をその現に有する適格性を必要とする他の官職に転任させることのできない場合に限るものとする。」とあり、例えば登記課職員として適格性を欠く場合にも、会計課職員としての適格性を具えておれば、会計課の職員に転任させるべく、そうすることが或は定員その他の関係でできない場合に始めて、降任又は免職させるというのであることを考え合せれば、同条第三号の場合は適格性を欠くという事実にのみ着眼して、その者をその官職から排除する場合であり、これに対し適格性を欠くと認定する個々の行為の道義的責任を追求する観点から処分する場合が第八十二条の場合である。又この事は第八十二条の免職処分を受けた場合には恩給は勿論退職金も支給されないし、(恩給法第五十一条、昭和二十四年度総合均衡予算の実施に伴う退職手当の臨時措置に関する政令、第八条参照)二年間は官職に就くことができない(第三十八条第三号)のに対し第七十八条の免職の場合には恩給も退職金も支給されるし、就職についての制限もないことよりもこれを窺うことができる。
さて、それでは第七十八条第三号の「その官職に必要な適格性を欠く場合」とは如何なる意味かというに、まずその官職に必要な適格性とはその官職に必要な専門的知識、能力を具えておらねばならぬと共に、凡そ国家公務員たるものは国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、その職務遂行に当つては法令に従い且つ上司の職務上の命令に忠実に従う等、国家公務員法第七節服務の項に規定してある各条項を遵守する人間でなければならない。従つてこれらの点に欠けるとき、即ちその官職に必要な適格性を欠く場合であるがこの「適格性を欠く」という言葉の意味を更に仔細に吟味検討しておく必要がある。即ち例えば職務遂行に当り法令に従わず、或は上司の命令に従わないことが偶々あつたとしても、当人の不断の勤務が忠実であれば、上記の事例は懲戒処分の対象となりうるが未だ適格性を欠くものとは言いえない如く、適格性を欠くと言うからには当人の素質、能力、性格等から言つて、国家公務員たるに適しない色彩ないし、しみの附着してる場合でそれが簡単には矯正することのできない持続性を持つている場合でなければならない。換言すればある一定の行為が同人の公務員としての不適格性の徴表と見られる場合でなければならない。
従つてある場合には只一つの行為を捉えて、それを不適格性の徴表と見ることができる場合もあるであろうし、又ある場合には、ある一定の行為が多少時間的に反覆継続していても未だ不適格性の徴表とは見られない場合もあるであろう。そしてどの様な場合に不適格性の徴表と見、どの様な場合には不適格性の徴表とは見ないかは各場合に応じて当該行為の性質、態様、当人の経歴、性格、社会環境等あらゆる事情を総合検討して決めるの外ないであろう。
尤も、一つの行為が第七十八条と、第八十二条の両法条の処分事由に該当するという場合も勿論あるのであろうが第七十八条の免職と第八十二条の免職には右に述べた様な差異があり、「その官職に必要な適格性を欠く場合とは」この様な意味であると解する。
それでは次に各原告について、被告が免職処分事由として主張する様な事実があつたかどうか、そしてそれが右に述べた様な意味における不適格性の徴表と見られるかどうかにつき順次検討して行こう。
(一) 原告和田末市について、
(イ) 被告主張の免職処分事由(1)(2)の事実につき、
真正に作成された文書であることにつき争のない甲第二号証第十、十一号証、乙第一号証に、証人松谷実(第一、二回)、同北田英太郎(第一、二回)同福本熊次郎、同西野新次郎の各証言、原告和田、同浜中、同大島各本人の供述(但し、証人松谷実(第二回)、同北田英太郎(第一、二回)の各証言、原告和田本人の供述中後記採用しない部分を除く)並に口頭弁論の全趣旨(特に組合議事録に基いて記載したと主張する昭和二十七年三月四日附準備書面に添付の組合会議一覧表の記載を考慮に入れる)を総合すれば、被告(当時は大阪司法事務局長事務取扱福本熊次郎)は昭和二十四年二月七日附の法務総裁官房人事課長より被告宛の「労働組合の会合には国家公務員法第百一条の規定に従い勤務時間中に開くことができない」旨の通達を受けたのでその頃所属職員に右書面を回覧にして知らせたこと、これより先昭和二十三年七月三十一日より全法務労働組合大阪司法事務局支部執行委員長となつていた原告和田は同年十一月頃、被告に対し、公務に差支ない範囲で執務時間中に組合の仕事をすることを書面にて認めてほしいと申入れたのに対し、文書にすることはできないが、右の点は従来も認めて来ていたところであるからとの口頭による諒解を得ていたので、組合の文書起案等の仕事はその後もひきつづき執務時間中にもしていたこと、組合の会合として組合員大会は土曜の午後、又は日曜の執務時間外に開かれ、平均して月一回位開かれる職場大会、毎週二回位開かれる常任執行委員会は正午からの休憩時間に、平均月一回開かれる執行委員会は午後五時の退庁時間後に開くのを原則としたが、前記通達後においても職場大会常任執行委員会の時間が昼の休憩時間に喰い込むことが間々あり、甚だしいときは午後二時過に及んだこともあること、執行委員会も退庁時間の午後四時過より開かれることも間々あつたこと、昭和二十四年四月二日上司の許可を得ずに組合の仕事で堺支部に行つたこと、原告和田は会計課物品係長の職にあつたが、前記の如く、組合の執行委員長、常任執行委員として執務時間中に組合の仕事を為し、又は会合に出席していたことの必然の結果としての本来の職務の遂行に十全でなかつたこと、同原告免職後帳簿未整理のものが可成りあつたがこの点については、昭和二十四年度より会計法規の改正があり、新法の講習会に出席した西野会計課長も帰庁後原告等に難解でよく分らないと言つていた程で、新法による事務取扱が、未だその軌道に乗つていなかつた事情による点も多分にあること、西野会計課長は気が弱いので、原告和田の前記の如き行為に対し注意を与えることを為しえず、仕事を言いつけることにより間接に注意すべく試みていた程度であり、福本局長事務取扱は一度も注意したことはなかつたことをそれぞれ認めることができる。証人松谷実(第二回)、同北田英太郎(第一、二回)の各証言、原告和田本人の供述中、右認定に反する部分は採用しない。
(ロ) 被告主張の免職処分事由(3)の事実について、
真正に作成された文書であることにつき争のない乙第二、第三、第五、第六号証に証人北田英太郎(第一、二回)、同福本熊次郎、同西野新次郎、同中川政雄(第二回)同松谷実、(第一回)の各証言、原告和田末市本人の供述を総合すれば、被告は昭和二十四年五月二日附で法務総裁官房秘書課長より被告宛のビラ、ポスター類に関する閣議決定として、「国の庁舎又は施設の管理者は、ビラ、ポスター類の掲出場所を特定し事前に許可を受けさせること、内容が政治的目的を有するもの或は官職の信用を傷つけるようなものは許可しないこと、特定場所以外のビラ、ポスターは直ちに撤去すること」との趣旨の通達を受け、その頃北田総務課長を通じて組合執行委員長たる原告和田に右通達を伝えたこと、これより先大阪司法事務局が裁判所から分離独立した後福本司法事務局長事務取扱は原告和田と庁舎を廻つて、司法事務局のビラ、ポスターの掲出場所を裁判所庁舎の西入口から入つたすぐ左側の処に選定したこと、然るにその後右の場所以外に、供託課の裏階段、便所の附近の壁にもビラ、ポスター類がはられるに至り、前記通達後においても内容の検閲を受けることなく被告の指定した以外の場所たる前記階段便所の附近に相変らず貼られ、その内容も売国奴吉田内閣を倒せとか大阪法務局の課長以上の上司を誹謗したもの等検閲を受ければ許可にならない様な種類のものがあつて、北田総務課長より撤去を求められても、「貼つて惡いという規定はないから貼るがいけないというのであれば剥して貰えばよい」と言つて、これに応じなかつたこと、を認めことができる。
さて、以上(イ)(ロ)に認定の事実を公務員として不適格性の徴表と見るべきかにつき考えるに、真正に作成された文書であることにつき争のない甲第一号証の一によれば、原告和田は昭和八年十月大阪控訴院の給仕を拝命し、同十一年二月大阪地方裁判所雇となり、同十六年大阪地方裁判所書記となり昭和二十二年五月大阪司法事務局勤務となり、免職処分までの勤務年限十五年十一ケ月でその間何等の処分を受けたことはなかつたこと、原告和田本人の供述によれば、同原告は大阪司法事務局勤務となつて登記係にいたところ、昭和二十二年十月の会計検査の時、同局が裁判所から分離の際物品の引継を受けながら帳簿上整理ができていないことを検査官から指摘されるところがあつたので、福本局長事務取扱は昭和二十三年一月、原告和田をして右仕事に当たらせるべく、当時登記課の主任であつた上田知一は、原告和田が登記課から抜かれては困ると反対したのであつたが、法務局全体の大局的見地から我慢して呉れとて、登記課より会計課に配置換をしたものであつたこと、ビラ、ポスターの点につき前記の如く、北田総務課長よりの注意に応じなかつた点もあるが又一面、証人松谷実の証言(第一回)によれば、右松谷の書いた登記所の不正事件に関するビラにつき、北田総務課長より原告和田に対し右ビラ中の金額の字句訂正につき指示があり、原告和田はこれを松谷に伝えて訂正せしめたこともあること、真正に作成された文書であることにつき争のない甲第十三号証の一、二によれば原告和田は被告宛のビラ、ポスターに関する閣議決定に基く通達と同趣旨の通達に基いて昭和二十四年八月十五日、裁判所構内掲示心得なるものが大阪高等裁判所長官によつて制定されたので、同日全法務労働組合大阪支部を代表して大阪高等裁判所長官に対し、前記福本局長事務取扱と一緒に歩いて法務局のビラ、ポスター掲出場所と定めた裁判所庁舎西入口北側東向の壁に設置した黒板を同組合の情報宣伝用に使用することにつき許可を願出て、同日その許可を得ていること、前記(イ)(ロ)に認定の如く、原告和田は上司の職務上の命令に従わない点があるが、同原告の職務全般に亘つて上司の命令に従わなかつたというのではなく、従わなかつたのは専ら、組合活動の仕方の範囲においてであること、終戦後一般産業界の労働者は勿論、官公職員においても労働組合が結成され、労働運動が盛に行われる様になつたが、凡そ新しい思想運動というものは、その初期においてはともかく行き過ぎの傾向になることあり勝ちのものであるが、終戦後の我国の労働運動もまたその例に洩れず、かてて加えて、終戦後の食糧事情の急迫、インフレの増進による賃金労働者の窮乏は一層その傾向に拍車を加え、当時の労働運動は程度の差こそあれ、正常の軌道を逸していたのが社会全般の状勢であつたこと、(この事は証明を要しない顕著な事実である)、被告の許可を得ずに貼付してあつたので被告の側でとり外したビラである。乙第三号証によれば共同防衛宣言と題するビラに名を連ねて書かれている者は全法務労働組合大阪司法事務局支部を始め、大阪市にある殆ど全官庁の労働組合の名が書かれていること、原告江村本人の供述によれば、ビラ、ポスターは執行委員会で検討した上できめることもあり、全法務労働組合の本部より送附して来た、ビラ、ポスターは執行委員会にもかけず情報宣伝部長である原告江村の一存で掲示することもあること等これらの事実を総合するとき、前記(イ)(ロ)に認定の事実の程度をもつてしては未だこれを公務員としての不適格性の徴表と見ることは困難である。
従つて原告和田を「その官職に必要な適格性を欠く」ものとして免職したのは違法と言わねばならない。
(二) 原告浜中隆一について、
(イ) 被告主張の免職処分事由(1)(2)の事実につき、
法務総裁官房より被告宛に執務時間中に組合の会合を禁ずる旨の通達があり、右通達は当時大阪司法事務局職員に回覧にせられたこと、公務に支障を来さない限度で執務時間中に組合の仕事をすることにつき、昭和二十三年十一月頃福本局長事務取扱より暗黙の了解を得ていたこと、組合の会合の種類その開催の時刻回数等については原告和田についての理由中((一)の(イ))に認定した通りである。
被告は原告浜中は執務時間中に屡々勤務地である豊中を離れ大阪法務庁舎内で開かれる組合の会合に出席していたと主張し、証人北田英太郎(第一、二回)同福本熊次郎、同中川政雄(第一、二回)の各証言中には、原告浜中は週一、二回或は三、四回来ていた旨の証言があるが、後記の証拠と対照するとき、そのまま採用することはできず、組合議事録に基いて記載したと主張する昭和二十七年三月四日附準備書面に添付の組合会議一覧表による記載を口頭弁論の全趣旨の一部として事実認定の考慮の一つに加え、これに前記各証人の証言(但し採用しない部分を除く)、原告浜中、同和田各本人(但し後記の如く採用しない部分を除く)を総合すれば、原告浜中は前記法務総裁の通達後においても、当時同原告は組合の副執行委員長であつた関係上、大阪の本庁で開かれる組合の会合は勤務地である豊中から出席していたが、豊中から出て来る関係上、勤務時間中に勤務場所を離れることとなり、この様なことは一週一回位はあつたこと、甚しい時は午前の執務時間開始間もなくの頃に大阪の本庁に姿を現わすこともあつたこと、尤もその全部が組合の用務とは限らず公務の場合もあつたこと、原告浜中が屡々本庁に姿を現わすことにつき、局長課長の会合の席上問題になつたが昭和二十四年三月組合よりいわゆる危機突破資金なるものを要求して被告と交渉の際激しい言葉のやりとりの内に、福本局長事務取扱が浜中に対し、君は誰の許可を得て来たのかと叱責したことのある外は、局長も課長も原告浜中に注意して反省を促す措置はとつていないこと、前記の叱責があつた後原告浜中が本庁で開かれる組合会合に出席のため賜暇をとりたい旨原告和田を通じて被告に申出たところ、賜暇を認めると転補を出さねばならず面倒であるから、勤務のまま出て来てよいとの返事があつたので、執務時間中に勤務地を離れたのに拘らず、勤務簿には平常通りの記載をしていたこと、豊中出張所は事務官一名、雇員二名の定員のため事務官である原告浜中が執務時間中に勤務場所を離れると登記事務に支障を来たすことが明かであるが、原告浜中は勤務庁を留守にする時、後は次席の雇に依頼して出掛けていた為豊中出張所の登記事務の取扱に関し、一般世人より不平の声が起つて被告の耳に入るという程のことはなかつたこと、同原告免職の際不動産登記の未処理のもの千筆あつたがこれは豊中市の行政区画変更に基く市役所からの嘱託登記による分で本庁に人員の臨時増員を依頼したがえられず豊中市役所より人の応援をえて処理しつつあつたが短時日に処理し終ることは因難のものであつたことを認めることができる。証人北田英太郎(第一回)同福本熊次郎、同中川政雄(第一、二回)の各証言、原告和田末市、同浜中隆一の各供述中、右認定に反する部分は採用しない。
(ロ) 被告主張の免職処分事由(3)の事実について、
ビラ、ポスター掲出につき、被告主張の如き通達があり、被告は北田総務課長を通じて原告和田に右通達を伝えたこと、大阪司法事務局の労働組合のビラ、ポスター掲出場所として、裁判所庁舎西入口北側東向の壁の場所が指定されていたことについては原告和田についての理由中((一)の(ロ))に認定の通りであるが、右通達後のビラ、ポスター掲出に関し被告浜中が如何なる程度に関与し、如何なる役割を演じていたかについてはこれを認めるに足るべき証拠がない。
さて、右(イ)の事実を公務員としての不適格性の徴表とみるべきかにつき考えるに(ビラ、ポスターの点については証拠がないので考慮に入れる余地がない)真正に作成された文書であることにつき争のない甲第一号証の二によれば、原告浜中は、昭和十四年二月大阪控訴院の給仕を拝命し、同十五年大阪地方裁判所雇となり、昭和十九年二月より同二十一年五月までの間は応召、同年十月大阪地方裁判所書記となり、同二十二年五月大阪司法事務局勤務に、同二十三年九月大阪司法事務局豊中出張所長となつたもので、免職当時までの勤務年限は十年六ケ月でその間処分を受けたことはなかつたこと、当時の社会状勢が原告和田の理由中に述べた如き状態にあつたこと、原告和田、同浜中各本人の供述によれば、原告浜中は豊中出張所たる職務、組合副執行委員長たる地位と両立し難いところより、本庁勤務に転勤方希望を被告に申出ていたこと、前記認定の如く、公務に差支のない限度で執務時間中に組合の仕事をすることにつき、被告は暗然の了解を与えていたこと等を考慮すれば前記(イ)に認定の事実は「職員は人事院規則の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い政府が為すべき責を有する職務にのみ従事しなければならない」と規定する国家公務員法第百一条に違反するものであるが未だ公務員としての不適格性の徴表と見ることは困難であり、従つて原告浜中をその官職に必要な適格性を欠くものとして免職したことは違法と言わなければならない。
(三) 原告大島修について、
(イ)被告主張の免職事由(1)(2)の事実について、
法務総裁官房より被告宛に執務時間中に組合の会合を禁ずる旨の通達があり、右通達は当時大阪司法事務局職員に回覧せられたこと、公務に支障を示さない限度で執務時間中に組合の仕事をすることにつき、昭和二十三年十一月頃、福本局長事務取扱より暗黙の了解をえていたこと、組合の会合の種類その開催の時刻、回数等については、原告和田についての理由中((一)の(イ))に認定した通りである。
証人北田英太郎(第一、二回)同福本熊次郎、同西野新次郎、同秋田惣次郎の各証言、原告和田末市、同大島修各本人の供述を総合すれば、原告大島は組合執行委員であつたが、昭和二十四年五月からは、原告江村が組合事務専従者としての地位を被告側より認められなくなつたので、原告大島が組合の総務部長となり、したがつて組合の会合にはたえず出席していたし、執務時間中に組合文書の起案、連絡の仕事をもしていたこと、その職務の内容が会計課物品係として、事務用品、器具の管理、出納、配付等の仕事である関係上、或は商品の納入に立会い或は物品を出した倉庫に行く等他の事務に比し、席を立つ機会の多い地位にあつたこと、然しながら執務時間中にも組合の仕事をする必然の結果として会計物品係としての職務遂行上欠けるところがあり、原告大島より同人のすべき仕事を押し付けられた他の同僚から不平が出ていたこと、尤も右不平を言つた同僚の一人である池田という雇の勤務成績は普通以下の者であること、西野課長は気の弱い性格から原告和田に対してと同様、原告大島に対しても、仕事を言いつけることによつて、間接に注意を与えるべく試みていたに止まり、福本局長事務取扱は一度も注意したことはなかつたこと免職処分当時、原告大島担当の事務につき帳簿に未整理のものが大分あつたこと、但しこの点については、原告和田の理由中に記載したと同様会計法規が改正された事情による点も多分にあることを認めることができる。
(ロ) 被告主張の免職処分事由(3)の事実について、
ビラ、ポスターの掲出につき被告主張の如き通達があり、被告は北田総務課長を通じて原告和田に右通達を伝えたこと、大阪司法事務局の労働組合のビラ、ポスターの掲出場所として、裁判所庁舎の西入口北側東向の壁の場所が指定されていたことは原告和田についての理由中((一)の(ロ))に認定の通りである。証人北田英太郎(第一回)は右通達は職員に回覧した旨証言しているが証人中川政雄(第二回)の証言によれば供託課長たる同人は当時ビラ、ポスター掲出について右の様な通達があつたことを知らなかつたし、その回覧を見たこともなかつたことを認めうるので、右通達が全職員に洩れなく周知徹底せしめられてはいなかつたものと認められる。然しながら被告から原告和田に伝えられてある以上、執行委員会又は常任執行委員会の席で当然話題に上つたであろうことは推察に難くなく、従つて原告大島は右通達の内容を承知していたものと認める。証人松谷実、(第二回)は常任委員会の席上で右通達が話題に上つたことはない旨証言しているが、俄に採用し難い。
証人福本熊次郎、同西野新次郎、同秋田惣次郎の各証言を総合すれば右通達後においても原告大島は内容につき、被告の許可を受けずに、指定の場所以外の場所にビラ、ポスターを貼付していたことを認めることができる。然し原告大島の作成貼付したビラ、ポスターの内容がどの様なものであつたかについては、これを詳にする証拠がないが当時、被告の許可なくして、指定の場所以外にはられていたビラ、ポスターには、吉田内閣を倒せとか、上司を誹謗したものがあつたことは先に原告和田についてその理由中((一)の(ロ))に認定した通りである。
さて、以上(イ)(ロ)に認定の事実が公務員としての不適格性の徴表と見るべきかにつき考えるに、真正に作成された文書であることにつき争のない甲第一号証の三によれば原告大島は、昭和二十二年三月大阪地方裁判所雇を拝命、同年五月大阪司法事務局勤務となり同二十三年七月法務庁事務官となつたもので、免職当時までの勤務年限二年五ケ月でその間処分を受けたことはないこと、当時の社会状勢が原告和田の理由中に述べた如き状態であつたこと、公務を怠つて執務時間中に組合の仕事をした点と言い、ビラ、ポスターについての点と言い、被告自身は勿論、直属課長も原告に反省を促して、これを矯正する手段を講じていないこと等を考え合すと、右(イ)(ロ)に認定の事実の程度をもつてしては、未だこれを公務員として不適格性の徴表とみることはできない。
従つて、原告大島を「その官職に必要な適格を欠くもの」として為した免職処分は違法と言わなければならない。
(四) 原告江村宗正について、
(イ) 被告主張の免職処分事由(1)(2)について、
法務総裁官房より被告宛に執務時間中に組合の会合を禁ずる旨の通達があり、右通達は当時大阪司法事務局職員に回覧にせられたこと、公務に支障を来さない限度で執務時間中に組合の仕事をすることにつき、昭和二十三年十一月頃福本局長事務取扱より暗黙の了解をえていたこと、組合の会合の種類その開催の時刻回数等については原告和田の理由中((一)の(イ))に認定した通りである。
証人北田英太郎(第一、二回)同福本熊次郎、同中川政雄(第一、二回)の各証言、原告和田末市、同江村宗正の本人の各供述(但し原告和田、同江村本人の各供述中後記の如く採用しない部分を除く)を総合すれば、原告江村は昭和二十三年より昭和二十四年五月三日までは半公認の組合事務専従者として、公務にたずさわらず、専ら組合の仕事をして来たが、組合事務専従者を認めてはならないとの法務府よりの厳重な通達により原告江村は組合事務専従者として認められなくなつたので、公務に就かせることになつたが何処の課でも原告江村を引取り手がなく、結局、各課が一ケ月宛持廻りで引取るということになり、同年五月四日より原告江村は先ず供託課に勤務することとなつたが、中川供託課長はその際、今後は組合専従者でなくなつたのであるから、組合の仕事をしてはならないこと、自席を空けてはならないこと、仕事はその日の内に処理すること、無断欠勤してはならないこと等の注意を与えたが、同原告は組合の情報宣伝部長であつた関係上、その後においても執務時間中に席を空けて組合のビラを印刷したり、これを配布したり、組合員への指令、通知を口頭で伝えて歩いたり等して本来の公務を怠るので一ケ月が来たとき供託課長は他の課へ引取方を求めたが、引取る課がないので免職処分までひきつづき供託課にいたこと、原告江村は組合常任執行委員であつたので、前記の組合会合には常に出席していたこと、昼の休憩時間に開かれる職務大会等が執務時間に喰い込む様な事があり、供託課の窓口事務に支障を来すので、供託課長が係員を呼びにやるとき、他の係員は直ぐ帰つて来ていたが原告江村は仲々帰つて来なかつたこと原告江村の担当していた仕事は原簿係として、支払の原簿記入、供託金の受払等の仕事であるが、流れ作業の仕事の内の一環であるため、原告江村の仕事が停滞することにより他に迷惑を及ぼす結果となるので止むなく他の者が代つてやつていたことを認めることができる。
(ロ) 被告主張の免職処分事由(3)の事実について、
ビラ、ポスターの掲出につき被告主張の如き通達があり、被告は北田総務課長を通じて原告和田に右通達を伝えたこと、大阪司法事務局の労働組合のビラ、ポスターの掲出場所として裁判所庁舎西入口北側東面の壁の場所が指定されていたこと、右通達は全職員に洩れなく周知徹底せしめられてはいなかつたが、当然常任執行委員会の席で話題に上つたであろうことは原告大島についての理由中((三)の(ロ))に認定した通りであり、常任執行委員であつた原告江村は右通達の内容を承知していたものと認める。証人北田英太郎(第一回)、秋田惣次郎の証言、原告江村本人の供述を総合すれば、右通達後においても原告江村は、内容につき被告の許可を受けることなく、指定の場所以外にビラ、ポスターを貼付していたことを認めることができる。同原告が情報宣伝部長であつたところより、同人が作成し又は貼付した、ビラ、ポスターの数が他の者に比し多いであろうということは当然想像しうるところであるが、その内容がどの様なものであつたかは、これを詳にする証拠がない。然し、その頃には被告の許可なくして指定の場所以外にはられていたビラ、ポスターには、吉田内閣を倒せとか、上司を誹謗したものがあつたことは先に原告和田についてその理由中((一)の(ロ))に認定した通りである。
さて、以上(イ)(ロ)に認定の事実を公務員としての不適格性の徴表と見るべきかにつき考えるに、真正に作成された文書であることにつき争のない甲第一号証の四によれば原告江村は、昭和十九年六月大阪地方裁判所雇を拝命し、同二十二年五月大阪司法事務局勤務となり、同二十三年三月法務庁事務官に任官したもので免職までの勤務年限五年二ケ月、その間何等の処分を受けたことはなかつたこと、当時の社会状勢が原告和田についての理由中に述べた如き状態であつたことは、他の原告同様、原告江村についても等しく考慮に入れるところであるが、証人福本熊次郎の証言によれば、同原告は元来勤務成績が惡く裁判所から司法事務局が分離した時区裁判所監督書記から同原告は遅刻、欠勤が多く、勤務成績がよくないという注意を受けて引継いだ程のものであること、組合事務専従がとけてからの勤務状態が中川課長の注意に拘らず前記の如く惡いことを考えると、単に当時の社会状勢の渦に巻き込まれての行動のみとは認め難く、前記認定の事実は同原告の公務員としての不適格性の徴表と見るのを相当としよう。
尤も右の如く組合事務専従が解けてから後の勤務状態の惡い点或は専従時代の惰性ということも考えられぬではないが、尚前段認定を覆す理由とは為し難く、又原告和田本人は原告江村が事務官に任官した時のいきさつにつき、福本事務局長事務取扱が原告和田に対し、「江村は自分が登庁したときはいつも既に出勤しており、真面目であるから、今後江村を任官する様に推薦してやつてくれ」と言われ、組合から早速推薦の手続をとつたところ、一週間後に事務官に任官した旨供述しているが、未だ前段認定を覆す資料とはなし難い。
原告等は、被告のなした免職処分は第二十七条及び第九十八条第三項に違反すると主張するが原告和田、浜中、大島については本件免職処分が違法であること前述の通りであるから、その余の主張に対する判断は省略し、原告江村についてのみ右主張の点につき考察しよう。
第二十七条は、その条文に言う如く、「すべて国民は、この法律の適用について平等に取扱われ、人種、信条、性別、社会的身分、門地又は第三十八条第五号に規定する場合を除く外、政治的意見若くは政治的所属関係によつて差別されてはならない」のであつて、もし原告の主張する様に原告よりもつと免職事由あるものが免職処分を受けずにいるという事実があるとすれば、それは被告の政治上の責任であるが、そのことのために、免職事由に該当する者の免職を違法ならしめるものではない。そして原告江村が第七十八条第三号に該当すること前段認定の通りであるから、第二十七条違反との原告の主張は理由がない。
次に不当労働行為であるとの主張につき考えるに、原告江村が正当な組合活動をしたことの故にこれを捉えて免職したものでなく、専ら同人が公務員としての適格性を欠くが故を以つての免職であること、これまた前段認定の通りであるこの点の主張もまた理由がない。
最後に、原告和田、浜中、大島について尚一つ考察しなければならない点は右各原告について認定した事実により明かな如く、その行為は上司の職務上の命令に従わず、その勤務時間中政府が為すべき責を有する職務以外の仕事に従事したものとして懲戒処分事由に該当すること(第八十二条、第九十八条第一項、第百一条第一項等参照)明らかで、もしその行為が懲戒処分の内、免職処分に該当すると認められるならば、それよりも被処分者に有利な処分である第七十八条の免職処分に処せられたことにつき、(懲戒処分が道義的責任を問うて、退職金も恩給も貰えず、二年間は官職につく能力を奪われるに比し第七十八条の免職にはその様な制限、拘束のない点において有利な処分である)違法な処分という点については何等異るものではないが、被処分者に有利な違法であつて何等権利の侵害を受けていないから、これが処分の取消を求める法律上の利益がないものと言わねばならない。然しながら右三原告について認定した事実の程度を以つては懲戒免職に値するとは認められないのでこの様な観点から、右三原告に対する被告の免職処分を維持することもまたできないと言わねばならぬ。
よつて原告和田、浜中、大島の各請求はいづれも理由があるから認容するが、原告江村の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の点につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 乾久治 中村三郎 安井章)